上原から下北界隈お散歩の折に、五十嵐さんが次の日曜美術館に出ると、ずっと混むだろうと、仰っているのを聞いて、25日の金曜日に慌ててのぞいて来た。すぐにブログに載せなかったのは少しは気の効いた事を書きたいと思ったせいだ。
時間がたっても、しゃれた一言も思い付きそうに無いので正直に感じた事だけ書き留めておきたい。
南台の家が増築改築を重ねた家であることは知っていたけれど、最初の家は誰が建てたとも知れないあんなに小さな家だとは思わなかった。それが2年後にはほとんど大きくなった訳でもないのに、ベッドをふたつとグランドピアノを置いて暮らせる快適なものに変わっているのに驚いた。今回一番心惹かれたのは南台の一番最初の改築案だ。
吉村順三個人と言うより吉村事務所の仕事全てが素晴らしいとは思わない、大規模なものにはつまらない仕事も多い。
自身の軽井沢の山荘と南台を別にしても、脇田邸、羽仁シュレム邸。浜田山の家、猪熊邸、愛知県芸、NCRビル、八ケ岳。
皆の心に残る、あるいはみんなの大好きな仕事はやはりこの辺りなんだな。
展覧会は見る側にすれば空いているほうが良い。開催する側にすれば沢山の人に来てほしい。兼ね合いの難しい所だけれど、自分の見たいものをゆっくり見ることが出来る範囲で混んでいた。ただ熱気が感じられる程熱心なのにひどく静かだ。明らかに建築畑と分かる人や建築の学生もいるけれどそうではない人も多い。
沢山の建築雑誌や最近は一般誌の中での記事まで、建築が話題になるのは結構だけれど、デザインや建築をまるで曲芸か何かのように考えているとしか思えない。そうした建築とあまりに違う展覧会を沢山の人が熱心に見ている事が本当に不思議だ。
種類は違うのかも知れないが、吉村も、坂本も、私の好きな二人の仕事は外国の人にも分かるものなのだろうか。見栄をはること無く、日本人の日常や毎日の暮らしに沿う仕事をした二人だけれど、何故そうなったのかは普通の日本人の見栄をはった暮らしからは意外に分かりにくい所にある。そこいら辺りの微妙な差異など外国から判るものだろうか?
PS
私は自身でラグビーをやるようになって初めて人様のやるラグビーのゲームを楽しめるようになった。それ以前にテレビで見てもまったく訳が判らなかった。自分でプレイすること無しにラグビーを見て楽しめる人に、実は心底感心している。
今回感じたのは、図面と模型による展覧会が一体どれだけの人を相手に成り立つものなのかということだ。必ずしも建築畑と思えない人が熱心に図面を読むのを見て感心した。
先日のシンポジウムで植田実さんが、南台の家を取り上げていました。
その家がどんどん成長していったと言うことに植田さんは着目していたのですが
僕はその家がそもそもちっぽけな建て売りだったと言うことを聞いて驚いたのです。
それ以来、僕もちっぽけな中古の家を手に入れたくなりました。
「河さんに続け!」ですが、実現は遠い・・・。
投稿情報: fuRu | 2005-12-07 10:44
小さな建て売りは今でもありますが、あれだけの土地は付いて来ないでしょう。
いじりしろが小さくなってしまっては、吉村順三でさえ実力を発揮することが難しいかも知れません。
勿論、造成地の大谷石の階段の上にだって素敵な家はたつのかも知れませんね。古川さんの腕の見せ所、期待してます。
投稿情報: kawa | 2005-12-07 16:08